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名古屋高等裁判所 平成9年(く)34号 決定 1997年6月18日

少年 T・N(昭和53.3.2生)

主文

原決定を取り消す。

本件を名古屋家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は、附添人弁護士○○名義及び少年本人名義の各抗告申立書に記載のとおりであるから、これらを引用し、各論旨につき、記録を調査して検討する。

1  法令違反の論旨について

所論は、要するに、原審裁判官は、審判において、感情的な態度で、いたずらに少年を追い詰め困惑させる質問をしているし、少年を担当した家裁調査官も、本件非行に対する感情的反発をそのまま処遇意見に反映させた疑いがあるなど、本件では公平な審判はなされていない、というのである。

しかしながら、記録を調べてみても、原審裁判官及び家裁調査官に所論のいうような不適切な点があったとの形跡は何らうかがわれない。

法令違反の論旨は理由がない。

2  事実誤認の論旨について

所論は、要するに、少年については、強盗の共謀があったとはいえないから、強盗罪の成立を認めた原決定には重大な事実の誤認がある、というのである。

しかしながら、少年は、Aの後に2番手として被害者を強姦しようとしている際に、Aの言葉から、仲間においては、被害者のバッグを持ち出していて、その内部をまさぐるであろうことを知ったこと、BやAらが、被害者のバッグから現金を抜き取った直後に、少年は、Cに対し、当然のことのように、「金あった」と問いかけ、「あった」との返答を得て、仲間が被害者のバッグから現金を抜き取ったことを確認していること、被害者を解放して間もなく、奪った現金の分け前に与かるに際し、何のためらいもなくこれを受取り、むしろ、金額の大きいことに率直な喜びを表していること、一方、BやAらにおいては、被害者のバッグから現金を抜き取るに際し、仲間で分けようと考えていたこと、以上の諸事情を総合すれば、少年は、BやAらが被害者のバッグから現金を抜き取るまでの間に、仲間との間で、強姦目的で加えた暴行脅迫によって生じた被害者の反抗抑圧状態に乗じて現金を強取する旨の共謀が成立したものということができるのであって、原決定に事実の誤認はない。

3  処分不当の論旨について

所論は、要するに、少年を特別少年院に送致した原決定の処分が著しく不当である、というのである(なお、少年本人の抗告の趣意は、その実質において、原決定の処分の不当をいうものと解される)。

そこで検討するに、本件が、集団による計画的なものであり、その態様、結果等に照らし、極めて悪質かつ重大な非行であること、しかも、少年は、共犯者間において、Aにこそ劣るものの、終始、積極的に行動し、主導的な役割を果たしていることは、原決定の指摘するとおりである。

しかしながら、少年のこれまでの生活歴をみると、少年は、中学1年の終わりころ、喫煙、服装違反、髪の脱色、いじめなどの逸脱行動があり、中学2年時にも、同級生3人とともにいわゆるかつ上げを行い、学校に発覚して注意を受けているが、まもなく、不良グループから抜け出し、中学3年時には、教諭らの励ましもあって、受験勉強に励み、高校への進学を果たしている。そして、高校入学後は、学業成績こそ低迷していたものの、高校中退の父親が少年に対して高校だけは卒業して欲しいと望んでいることに応えたいとの気持ちから、問題行動は起こしておらず、高校卒業後も、最初の半年間こそ、職を転々としたが、平成8年10月、父親の紹介で自動車会社に臨時工員として勤務するようになってからは、真面目に働き、正社員になる話も出ていたというのである(なお、本件の発覚により、平成9年4月1日付けで退職している)。

また、少年は、高校を卒業して就職してからは、いわゆるナンパを繰り返し、10人近くの女性と性関係を持つなど、女性をその場限りの快楽の対象とみる傾向があり、このことは本件にも繋がってくるのであるが、かといって、本件までは女性に暴力を振るうなどして、意に反した性関係を結ぶなどの行為に及んだ形跡はない。また、少年には高校2年の夏から今日まで真面目に交際している看護学校生の恋人がいる。そうすると、ナンパ行為などは自己中心的で身勝手との非難は免れないものの、その女性観に著しい歪みがあるとまではいいがたい。

さらに、少年の両親の監護力についてみるに、父親は、少年が小さいころから、一緒に遊んだり、勉強をみたりしており、少年との結びつきが強く、少年においては、中学卒の学歴にもかかわらず、長年真面目に働き、現在では役職に就いて部下も持っている父親に対し、尊敬と親愛の情を抱いており、このような父親の存在が、少年の行動に対する抑制力として働いていたことは明らかである。また、母親は、仕事(美容師)に追われ、少年との接触が少ないものの、少年に対してそれなりに関心を持ってきたものである。そして、両親とも、本件非行を深刻に受け止め、少年に対する今後の指導について、少なからぬ意欲を見せている。

もとより、少年には、不良親和的な構えがあり、自己中心的な性格特性や短絡的で衝動的な行動傾向も顕著に認められ、本件非行は、はからずもこれらの問題点を露呈させたものといえ、また、少年は本件非行について反省していることは認められるものの、反省が深まっているかについてはいささか疑問なしとしないのであって、これらの諸点にかんがみると、その非行性を軽くみることは相当でなく、少年の健全な育成を図るためには、長期間にわたる矯正教育が必要であることは十分に肯定できる。

しかしながら、その生活歴等について前述したところに加え、少年には、保護処分歴はもとより、家裁係属歴も、補導歴も一切ないことに照らすと、本件非行の重大性、悪質性を考慮しても、未だ、少年の犯罪的傾向が進み、固定化しつつあるものというには疑問があり、送致すべき少年院としては、中等少年院が相当であったとみる余地が十分認められるから、この点の審理を十分尽くさずに、少年を特別少年院に送致すべきものとした原決定は著しく不当であるといわざるを得ない。

処分不当の論旨は理由がある。

よって、少年法33条2項、少年審判規則50条により、原決定を取り消し、本件を原裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 笹本忠男 裁判官 志田洋 川口政明)

〔参考1〕抗告申立書(付添人)

抗告申立書

少年T・N

右記少年にかかる名古屋家庭裁判所岡崎支部平成9年(少)第399号強姦、強盗事件について、平成9年5月15日「少年を特別少年院に送致する」旨の決定が下されたが、この決定については不服があるので、以下の理由により抗告を申立てる。

平成9年5月29日

申立人付添人弁護士○○

名古屋高等裁判所御中

抗告の趣旨

原決定には、決定に影響を及ぼす法令の違反、重大な事実誤認、処分の著しい不当があるので、原判決の取消を求める。

抗告の理由

一 重大な事実誤認

原審では、少年に対して、強盗罪の成立を認めている。しかし、これは、明らかに誤りである。

本件においては、少年のみならず、他の少年についても強盗罪が成立するか疑問があり(財物奪取に向けられた暴行脅迫があるのかという点で)、窃盗罪にとどまるのではないかとも思われる。

それはさておいても、本件少年においては、そもそも財物奪取に向けられた故意、共謀は認められず、強盗罪、窃盗罪は成立しない。

本件においては、調査官の調査票A-2、2動機・非行に至る経緯(4)に述べられているとおり少年には、事前に財物を取る認識はなく、少年と他の少年との間においても共謀はなかった。

したがって、少年には強盗罪は成立せず、贓物収受罪が成立するにすぎない。

これに対して、前記調査票においては、「Aが没収といって被害者のバッグを持っていったのを見ており、取るのかもしれないと認識していた。」として、強盗罪の共謀の成立を認めている。

しかし、一般に、ある共犯者が突然他の犯罪を犯すことを別の共犯者が偶然目撃しただけでその他の犯罪についての共謀が成立すると認めることはできない。

例えば、共犯者数名が窃盗のみの共謀をして、他人宅に盗みに入った場合に、ある共犯者が何の相談もなく突然家人を刺し殺したとして、その刺す瞬間をたまたま他の共犯者が目撃(認識)していたからといって、他の共犯者に共謀が認められてしまい、殺人罪が成立するということにはならないはずである。

犯行を目撃することと共謀が成立することとは異なるはずである。最大昭33年5月28日(練馬事件大法廷判決)は「共謀共同正犯が成立するには、二人以上の者が、特定の犯罪を行うため、共同意思の下に一体となって互いに他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議をなし、よって犯罪を実行した事実が認められなければならない」とし、また東京高判昭52年6月30日は右最判を引用しつつ、「右謀議が成立したというには単なる意思の連絡または共同犯行の認識があるだけでは足りず……」とある。

本件では、右に言う「意思の連絡または共同犯行の認識」すら認められない。

したがって、本件では、強盗罪、窃盗罪の共謀は少年には認められないのは明らかである。

更に、本件では強盗(窃盗)の既遂時期は、調査票に指摘されている「Aが没収といって被害者のバッグを持っていった」時期より前であると考えるべきでありその点からも強盗(窃盗)の共謀が成立する余地はないが、仮に、右時期が既遂時期であったとしても前記のごとく、たまたまそれを見たにすぎない少年に謀議が成立することはありえない。

したがって、少年に強盗(窃盗)は成立せず、原決定には、重大な事実誤認がある。

二 処分の不当について

本件の少年の処遇は重きに失する。前記のとおり他の少年との比較においても、強盗(窃盗)をなしていない少年とそれをなしたとされる少年とを同じ処遇に処するのは不当である。

のみならず、強姦の犯行においても、調査票A-2(2)にあるように少年は主犯格のAに対して弱いところを見せて嫌われたくないという気持ちから、本件に及んでいる。このように少年は、犯行について自主的、主体的ではない。

しかも、少年には前科前歴はなく、少年の両親はしっかりしており、保護の環境は整っている。

少年に対する処遇の目的は刑事手続と異なり、応報、一般予防、特別予防ではなく、少年の保護、健全な育成という観点からなされるべきであることは言うまでもない。

とするなら、前科前歴のない少年に対して、ラベリング効果の強い処遇はなるべく避けるべきである。そのような観点からして、また、少年の犯行内容からしても、更には他の共犯者との比較からしても、特別少年院送致という処遇はあまりにも重すぎる。少年院送致は止むを得ないとしても、特別少年院送致は重きに失する。

しかも、鑑別所の鑑定結果によれば、中等少年院送致となっている。

にもかかわらず、特別少年院送致となった理由は、調査票及び審判官の言によれば、反省の態度が薄いということのようである。

しかし反省の態度などというものは、極めて主観的で曖昧なものである。鑑別所において軽い態度をとったとしても内心は、深く反省しているかもしれない。その逆もある。

そのようなことを根拠にいたずらに重い処分を科すことは、不当であることは明らかである。

三 法令の違反について

本件では、公平な審判はなされていない。そのことが、法令違反、処分の不当にも結びついているものと考えられる。公平な審判がなされなかった理由は、審判官、調査官いずれも、女性であったためなのか、個人の資質によるものなのかは不明であるが、公平な審判がなされたとはいえない。

1 審判においては、審判官は、明らかに感情的・情緒的であった。審判は「懇切を旨として、なごやかにこれを行わなければならない。」(少年法22条)

しかし審判官の態度はおよそこれとは程遠いものであった。

審判官は、前記のとおり明らかに感情的情緒的であり、更に徒に糾問的で少年を追い詰め困惑させる質問を続けた。

例えば、その極一例をあげれば、

審判官が、少年に対して「君は、被害者の気持ちがわかるのか」と聞き、

少年は「自分は女性でないので、そのつらさがすべてわかるとは言い切れないが、とにかくとてもつらい思いをしただろうと思う」と答えると

審判官は「どうしていまだにそのつらさがわからないのか。」「君は反省しているのか」などと立て続けに糾問的に質問をつづけるのである(仮に少年が「つらさがわかる」と答えたらそれはそれで更に審判官から別の追及を受けたであろうとの想像がつく雰囲気であった。)。

そして、少年が「反省している」と答えれば、「態度が軽い」だとか、「どう反省しているのか」などと、少年を追い詰めるのである。

あるいは、少年の彼女(恋人)に対して、「どういう気持ちで手紙を書いた」と審判官が少年に質問をし、少年があれこれつまりながら答えると、

審判官は「そもそも手紙を書くことがどうしてできるのか」などと更に問い詰めるのである。

以上は極一例であり、抽象的で答えにくい禅問答のような質問を続け、少年を終始追い詰めていた。

保護者や、当職も一体少年がどう答えたら、審判官は納得するのかと感じていた。

そして、審判官は、結論的には少年の反省が薄いというのである。

しかし、少年は審判の最後には泣きじゃくっていたし、少なくとも審判の最中は、少年は当職が他の事件で経験した少年以上に反省の態度を十分示していた。

後に少年に対して、抗告について当職から打診したところ、少年は当初は抗告は絶対にしないとのことであった。その理由は、特別少年院処遇には不満があるが、二度と審判だけは、受けたくない、もう一度審判(同じ審判官の)を受けるのなら特別少年院処遇でも何でも我慢すると言うのであった。

当職が抗告について正確に説明すると、はじめて抗告を少年は望んだのである。

以上述べたとおり、原審は、少年法22条に反し、公平な審判は損なわれている。

2 調査官について

調査官は少年の親に対して、最初に、付添人を少年につけても何も変わらないと説明している。

付添人制度に対する全くの無知、無理解である。

次に、調査票B-4、3には「ナンパを通して女性を自分の一時的な快楽の対象とみなす考え方を身につけており、少年の女性観は歪んでいる。」とある。

しかし、女性に対し、一時的に性欲を満たそうとする欲求それ自体は、動物である人間の雄(男性)の本能である。米国の現大統領も州知事時代のセクハラが原因で、裁判になっている。右欲求それ自体が歪んでいるとか、間違っているという問題ではない。女性が真に同意する限り、法的に問題はない。

問題なのは女性を含めた被害者のことを考えることができないところにある。欲求のおもむくままに行動して、被害を受ける者がいるということを考えること、また、法を含めた社会のルールの違反をしないことが重要なのである。

調査官の書面を読むかぎり、そのあたりの理解がなされているのか、ナンパに対する感情的反発がそのまま少年に対する処遇意見に反映されているのではないのか、疑問が残る。

3 以上述べたことから、本件では公平な審判がなされたとは言いがたい。

以上

〔参考2〕原審(名古屋家岡崎支 平9(少)399号 平9.5.15決定)〈省略〉

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